問い
SNSの誘惑に勝てない、なのに面白がることもできない。
私は自分のことを、SNSと相性最悪タイプだと思っていた。
創作をしたいのにSNSを見てしまう。
原稿をやればいいのに、別のものを見てしまう。
だからこれは「SNS依存」なのだと思っていた。
でも、話しているうちに、ちょっと違うのでは、となった。
その時の考え
私はSNSに弱い。
だからSNSを制限しなければいけない。
そう思っていた。
通知を切るとか、見る時間を決めるとか、SNSを遠ざけるとか。
対策としてはそういう方向になる。
でも、前ジャンルのことを思い出すと、話が合わない。
前ジャンルでは、なんならSNSにも解釈をガンガン垂れ流していた。
でも、そのときは反応が全く気にならなかった。
本当に外部メモリとして使っていた。
つまり、SNSを使っていたこと自体が問題だったわけではない。
観測データ
前ジャンルでは創作量が多かった。
同人誌も出していたし、解釈も出していた。
SNSも使っていた。
でも、SNSに負けている感じはあまりなかった。
一方で、創作が止まるとSNSを見る。
原稿が進まないと見る。
何かしら刺激が欲しくなって見る。
ここで出てきたのが、
「創作量がおかしい人が創作不調になるとSNSを見る」
だった。
これはかなり納得感があった。
SNS依存だから創作できない、ではなく、
創作不調だからSNSを見る、なのではないか。
順番が逆だった可能性がある。
仮説の更新
問題はSNSではなく、創作量の方かもしれない。
SNSを見てしまうこと自体を叩くより、
創作量をちゃんと稼いだ方がいい。
私の取説に入れておかないと、と思った。
創作ができているとき、私はSNSを外部メモリとして使える。
創作ができていないとき、SNSは代替刺激になる。
同じSNSでも、こちらの状態で意味が変わる。
今の仮置き
私はSNS依存に弱い人間、というより、
創作量が落ちると代替刺激に流れる人間なのかもしれない。
だからやることは、SNSを憎むことではない。
創作量を戻す。
原稿に戻る。
書く量を稼ぐ。
面白がる場所をSNSではなく創作に戻す。
これは対策を間違えていた、という話でもある。
SNSを見ないようにする、ではなく、
創作量をちゃんと作る。
そこが本丸だった可能性が高い。
